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diary Archive
9年目
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関東学院大学 建築学科・建築展

主に確定申告のおかけでなかなか忙しい日々だった。今日でそれもひと段落な気分。
今日は非常勤でお世話になっている母校、関東学院大学建築学科の建築展初日。
この時期、多くの大学で卒業設計展を開催するが、関東学院のそれはちょっと違っていて、1年生から大学院2年生までの今年度実施された設計課題の優秀作品を一同に展示する。
さらに、OB枠と言うのがあって、主に独立して活動しているOBたちが展示を行う。
で、今年もお誘いいただいたので出展させていただいた。
今年の出展作品は現在、南青山で施工中の共同住宅。構造は壁式鉄筋コンクリート造という形式で、簡単に言うと柱・梁のような線で構成されるものではなく、壁という面で構成される形式。これの構造解析をする時には壁をひとつの平板で捉えず、細かく分割された状態で考える。そうして得た結果は同一の壁面内の力の流れがグラデーションで可視化されるわけです。
どんな形にどのように力が流れるかを読むと言うのが我々構造家の仕事においては重要で、これを表現した模型を展示することとした。
学生たちがこう言うのを見て少しでも構造設計に興味をもってくれたらいいな。

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「町の自転車屋さん」との邂逅

建築会館(田町)で行われていた建築夜学校の第2夜へ行ってきた。
残念ながら第1夜の10/1は忙しすぎて行けず、しかしtwitter実況でおおよその流れは読んでいた。
さらにいくつものブログで感想や分析が書かれていたので第2夜にして初めて見に行ったにしては、開始段階でとくに出遅れ感もなくスムーズに話しに聞き入ることができた。
そういう意味では随分と便利になったなあ、という感慨はさておき。。。
壇上の人々は以下。
パネリスト:
五十嵐淳(五十嵐淳建築設計・北海道)
家成俊勝(dot architects・大阪)
井手健一郎(rhythmdesign・福岡)
コメンテータ:
古谷誠章(早稲田大学・NASCA)
鈴木謙介(関西学院大学)
モデレータ:
藤村龍至(藤村龍至建築設計事務所・建築文化事業委員)
濱野智史(日本技芸)
表題は「第2夜:プロセスとローカリティの関係について考える」と言うことだったのだが、ローカリティを考えたところで一朝一夕で「ローカリティについて聞く姿勢=スタンス」が定まるはずもないので、意識的に意識しないで聞くように勤めることにした。
できるだけ門外漢な思考は排除して、3人のパネリストの話を「近い世代の建築家=協働する可能性のある人々」という意識で聞いてみた。そういう聞き方はおそらく会場の中では少数派だろうとポジティブに捕らえながら。
(※3人が壇上で語ったことについてはぽむ日記に簡潔且つ的確に書かれているのでここでは割愛 / おそらく近日中に藤村さんのround about journalにも書かれるでしょう)
3人ともプロセスに中心をおきつつ、いくつかのプロジェクトについて語る。
その中で僕が特に興味を惹かれた一点についてのみ記しておきたい。
それはdot architects 家成さんの超並列設計プロセスで、特に"latest No.00"にかなり興味を持った。というのも2008年の2月にモロッコを訪れて以来、あのカスバの美しさが忘れられないのだけれど、"latest No.00"の模型写真は僕にマラケシュやフェズの路地を思い出させ、"Ait Ben Haddou"の川越しに見た姿を思い出させたからだ。
"No.00"において3人の設計者がそれぞれ図面・模型・詳細を担い、並列に設計行為を行うという手法を"latest No.00"では22人で実行し、参加者全員が淘汰されることを甘んじて受け容れるというルールによって実行されている。その法を考えると支離滅裂な世界が作られそうだが、それほど逸脱しない、むしろ意図しない機能や効果が良い方向に向かっている。しかし家成さんによれば、「マスターはいない」とのこと。
南部モロッコの"Ait Ben Haddou"でもおそらくマスターは不在で、共通しているのは壁で規定されたエリアから出ないことと、材料が日干し煉瓦であることくらいだろう。しかし不思議な統一感をもって聳え立っている。
"latest No.00"と"Ait Ben Haddou"の違いは、前者はコアモデルを決定してそこから増殖するが、後者は城壁でまず境界が決定されていることか。
このあたりでどんな可能性がありうるのか、もっとお話したかった=2次会行きたかったが、泣く泣く帰ったのでした。
まあ「町の自転車屋さん」という一言が聞けただけでも得がたき日であったように思う。
そういえば、意識的に意識しないようにしたローカリティは気づけば無意識の底に沈んでしまったなあ。
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八王子で現場見学
- 2009年9月17日 21:14
- diary
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八王子のとある現場を見学させていただいた。
僕らが普段仕事でお目にかからないスケールだったり、工法だったり。
いろいろ勉強になります。
この仕事はどれだけ現場を見たか、がクオリティに直結するのだと改めて思う。
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ietsuku! installation
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ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)にていえつく!のインスタレーションが2日間だけ行われています。
初日の今日、さっそく見に行ってきた。
彼らは誰もインディペンデントではなくて、勤め人であるけれど、週末のみの活動で既に住宅@東新宿、ヴィラ@バリ、インテリア@沼津とその活動を広げていっている。
いえつく!には最初の東新宿の住宅の時に構造設計でお手伝いさせていただきましたがそのときはまさかここまで展開していくとはちょっと想像できず、驚きです。
インスタレーションはそんないえつく!の皆さんがモノを生み出している臨場感が良く表現された、楽しそうな製作現場を髣髴とさせるものでした。
実物と虚像(プロジェクション)の組み合わせが上手い。
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「URBAN COMMONS」
- 2008年11月21日 23:36
- diary
西田司+藤村龍至の2人展である「URBAN COMMONS」のオープニングレセプションに行ってきた。
といっても着いたときには既に場の雰囲気は落ち着いてしまっていて、お二人とお話をしている間に次のイベントが始まるとのことで慌しかったのだが。
BankART NYKの入口は隣接する県警側のものとそれと90度の関係にある海側のものがある。どちらから入ったとしても今回の展示では入口は一箇所に限られ、その入口から見て手前と奥に分節して展示が行われている。手前が藤村氏、奥が西田氏、だ。入口に立っていたBankARTの新野さんに御挨拶してすぐに藤村さんが居るのが見えて軽く会釈。しばらくぶりにお会いする藤村さんとお話している間に新野さんから展のパンフレットを受け取る。藤村氏とはかつてsynctokyoでシェアしていた仲間であり、西田氏とは昨年来、何件か住宅の仕事で御一緒させていただいている僕としては二人の共通項を探す方が難しく、逆を行っているといってもいい二人の展覧会のパンフレットをどう纏めるのかと思っていたら、なるほど納得、2冊のパンフレットなのであった。
白を基調に、表紙には大きく模型写真という西田氏のものに対して、黄色とグレーでコラージュのような雰囲気の藤村氏のそれ。前者は建築家が発行するカタログとしてすごくスタンダードに、綺麗にまとまっている感があり、後者はパンフレットと言う一時的な雰囲気は無く、バックナンバーまでありそうなマガジンといった風。この辺はrajの経験によるものか。
さて、「URBAN COMMONS」というこの展示におけるテーマやそれにまつわる両者のスタンス等についてはいろんなところで読むことが出来るので割愛。それぞれが作っているモノについての感想を述べたい。
西田氏とは昨年来、数件の住宅で協働させていただいているのは上に書いたが、その中でも感じていることとしてあまり物理的なモノに興味が無いのではないかと感じることがある。その感覚は今回の展示によって少し輪郭がつかめたように思う。彼は建築と言う装置を通して周辺とのインタラクションを生み出すことに興味があるのであって、そのモノの物理特性は最重要項目ではないのだ。この辺のスタンスを僕が読みきれていなかったと言うことか。言うまでも無く僕ら構造屋は物理物体としてのモノに沿って仕事をしているのでそれに対する興味と自分の仕事は切っても切れない、ということが上記の違和感につながっていたわけだ。そのような視点からすると西田氏の設計行為は設計対象から乖離したところに軸があるのかもしれない。
藤村氏との建築設計における協働経験は皆無だが、そのプロセスや表現は上に書いた職業的性向からか特に違和感無く共感できる。ただこれは見方を変えるとすごく強力なメソッドを構造家が持っていたときに藤村氏はどう対峙するのか、すごく興味深く、また建築家としては危ういところなのではないかと言う気もする。そういう意味では彼の代表作Building Kは危うくも微妙な均衡が保たれていると言うことか。藤村氏の進化論的設計プロセス展示はいまやおなじみになりつつあるが今回の展示も同様。よくコンピュータ・アルゴリズムで形状生成する場合に、設定されたパラメータから創出された準最適解ではなく、解の群から人間が恣意的にピックアップすることを「神の手」と呼んだりするが、藤村氏の模型群を見ていると一つ一つの模型の間に神の手が存在している感じを受ける。そういう点で藤村氏の設計プロセスはダーウィンの進化論的(ただし進化を促す環境は「神」によっている)という印象。自己組織的ではない。とまあ藤村氏のスタンスは良くも悪くもモノから離れないのでいくらでも話が転がりそうだ。
展示は11/30まで。
11/30には二人を選出した山本理顕氏を交えてシンポジウムが行われるとのこと。
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SE10周年
- 2008年11月10日 10:41
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金曜は野村佐紀子さんの写真展「夜間飛行」のレセプションに顔出させていただいた後、表参道にて恩師Alan Burdenの事務所、"Structured Environment"の10周年記念パーティーに出席。
いろんな建築家や構造家が集まっていて顔の広さを感じさせる。10年続けるってそういうことかと。
僕は夜間部に在籍中の3年生の後半から学部を卒業する頃まで彼の事務所、SEのお手伝いをさせていただいた経緯が有り、元スタッフと同列(?)に紹介される。僕としては他の元スタッフの方と並べて紹介されるのは恐縮しまくりなんですが。
で、Alanを初めいろんな方に(もう7年近く前のことだけれど)大学院卒業後いきなり独立したことについて突っ込まれる。数年前までは若気の至り的に笑ってごまかすしかなかった所だが、もう7年弱経ってしまうと逆にそういうわけにも行かず、またそういう人たちも7年弱存続していると言う事実の前に以前とは揶揄のニュアンスが若干違うと感じる。ともあれ、あの場にいた建築家・構造家諸氏の前ではまだまだ生意気な小僧であることには変わりないわけで。
そういうわけで僕は社会経験とかそういうものが著しく不足しているわけですが、SEのお手伝いをさせていただいた1年強の経験(自分が書いた図面が作られている現場を見たときの興奮とかAlanが居ないときに現場に対応を迫られた緊張とか)は今もちゃんと糧になっていることを再確認した夜でした。
※写真は後輩の宮本君撮影によるアランに紹介される僕
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ジムショ不在
あんまりジムショにいた気がしない一週間。
木曜なんて多摩市→青梅→軽井沢と現場をハシゴ。
同行の二人は軽井沢の現場のあと、楽しそうに打ちっぱなしで一汗かいて温泉へ。
いいなー。
僕は打ちっぱなしの間、散歩→昼寝。
温泉の間、ひとり眼鏡橋なるものを見に行く。
明治15年竣工の日本最大の煉瓦橋。
http://www.alternative-tourism.com/Japan/Photo/bridges/Usuidaisankyoryo.html
MAP
峠の途中に突如現れ、木々に囲まれ、人気はゼロ。
橋の上に上ると「立入禁止」と書かれた、同時代のものと思われるトンネルが。
あたりは暗くなりかけていて、かなり怖い。
橋から見える、谷を渡る別の端がちょっとだけサルギナトーベルのように見えた。
なんだかすごく疲れて戻ってみたら二人はお風呂上りでさっぱりした顔してアイス食べてた。
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ちば巡業
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コンクリート栽培
- 2008年5月23日 02:09
- diary
今日はジムショの二人がいそいそとコンクリート塊を作り始める。
そんな楽しそうな二人を横目に僕はシコシコと計算書作成・・・。
型枠作って鉄筋組んでコンクリート練って打接して小手で均して養生。
しばしばM上氏が小手でなでている様がペットか植物を愛でている様ですらあった。
でも僕は計算書作成。
今日はコンクリート塊と計算書400ページと図面2件完成。
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慰労会
- 2008年4月12日 23:47
- diary
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僕たちの大学には技師と呼ばれる人たちがいて、教授たちよりも学生に近いところでいろんな授業のサポートなどをしている人たちである。
その技師の先生のうちお二人が2007年度で退職することになり、慰労会が開かれた。
技師の下には技術員と呼ばれる学生のアルバイトで構成されるスタッフがおり、主に昼間の授業のサポートをするので必然的にこれは夜間部の学生が主だった。
僕もかつてはその一人だった。
だから彼らは先生であり元上司。
授業があったから遅れての参加となったものの、いろいろと懐かしい記憶を手繰りつつ、お二人に「おつかれさまでした」と伝えられてよかった。
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Final Lecture
- 2008年3月21日 13:47
- diary
20日、恩師の最終講義。
大学、大学院と3年間お世話になった指導教授である我が恩師は定年を待たずして今年度で退官となった。
日本に来て20年、大学専任の教官として10年。
退官後は自身の設計事務所業務に専念するのだそうだ。
「構造の教育・研究・設計」と題した最終講義は3月20日13時から赤レンガ倉庫の会場にて始まった。
僕は研究室同期で、現在同業者でもある2人と一緒に会場へ。
師の講義は学生時代から何度も聞いている哲学から変わりは無く、紹介される社会的活動、設計した建築が目新しくなったぐらいで、それは懐かしささえ覚える講義だった。
途中、僕が4年生のときにお手伝いしたプロジェクトが紹介され、僕が手伝ったということにも触れられたときには珍しく気恥ずかしさを覚えてしまった。
(この頃は研究室でEnglish dayというのがあって、その名の通り一日中英語で話さなければならない。仕事を手伝っていた僕はこのEnglish Dayにすごく苦労した記憶がある。)
彼は僕が出会った当初から話していることの根幹はほとんど変わらない。ゆるぎない。そしてそこで語られる哲学は久しぶりに聞くとやはり魅力的に聞こえるが、じゃあ同じことが出来るかというと[理解]はできても[実践]は困難である。まあこれにはいろんな理由があるのだけれど。
少なくとも学生の頃は同じようにしたい、同じ存在になりたい、と思っていたがどうやら今の僕はかなり違った感じ方をしているらしい。
どう違うのかはまだ上手く整理できない。
とにかく、独立してもうすぐ7年目に突入というこのタイミングでもう一度原点を、このような形で省みたことは後々意味を持ってくるような気がする。
どうでもいいけどちょっと日本語下手になったように思ったのは僕だけか?
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横浜寿町
- 2008年2月17日 20:22
- diary
土曜の午後、横浜市の職員の方のご案内で寿町見学ツアーへ。
3畳間というものを初めて見る。
すべてが同じ間取りであるためにファサードに並ぶ室外機群が異様。
かつてほど「危険な町」という雰囲気はなくなり、いまや「高齢者と障害者の町」
当たり屋をやったらやった本人が死んでしまうというジョークに笑いながらも、通りを歩けば心の底からは笑えない。
金髪のいかにも悪そうな少年が煙草をくわえながら、かつての自分と同じ児童館に通う子供たちと公園で遊ぶ。
この町で潤っているのは何十年も変わらずに1部屋一泊2000円で貸し出しているというオーナーたちだけ。結局、この町の住人はいまや日雇いの仕事も無く、ただただ生活保護から毎日2000円を払ってドヤに住み続けている。
だから3畳1間が60000円/月だったりする。そりゃ儲かるわな。
なので新築の「ドヤ」が増える。老人ばかりで人は減る。
この町はどうなってしまうのか。
その夜、銀座で食事。
1年て早い。
ドヤ街から思考が抜けきらぬまま始まったレストランの食事に馴染むまでに少し時間がかかった。
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不動前→表参道→渋谷
- 2007年11月10日 01:13
- diary

●不動前
お誘いいただいた事務所開きに顔を出す。
いろんな人に相方を紹介できてよかった。
●表参道
相方が表参道まで車で行くというのでのせていってもらう。
GYREが見れたのは良かった。
渋谷の目的地まで歩いたけどちょっと遠かったか。
●渋谷
大学来期授業の打ち合わせ。
やはり理想は設計に学生が参加すること。
さらに主導をとると望ましいがそこまでは期待し過ぎだろうか。
とにかく言い方は違えども皆が同じようなところを目標/理想としていることが確認できたのは重要だった。
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map
- 2007年6月 6日 15:30
- diary
初めてGOOGLE MAP API使ってみた。
なぜかインフォウィンドウが上手くいかない。
この地図は毎年やっている海の家。
"VILLA DEL SOL by BAMBINI"
今年もせっせと作ってます。
施工アーカイヴはこちら↓
http://home.kanto-gakuin.ac.jp/~r041728/
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出向?
- 2007年4月13日 00:38
- diary
今週から某設計事務所に通っております。
しばらくは作業場所としては馬車道のその事務所がメインになります。まあそうは言ってもいつもラップトップなのでどこでも大差ないのだけれど。
自宅から30分強。
窓の外にはみなとみらい。
なかなか快適です。
所員さんもみんないい人達なので心地よく仕事させてもらってます。
みんなでランチとか言うのがやたら新鮮に感じる。笑
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祖母の生地
- 2007年4月11日 00:27
- diary
祖母が他界して、父が役所で書類の整理などをしていたところ、出生地が東京であることがわかった。
そうえいば曾祖母がそんな話してたなー、などと言いつつも正確な住所は初めて知ったので興味津々。
その住所は東京府東京市芝区新桜田町、というもの。
さっそく専門家に聞いてみる。
そしたらこんなの教えてくれた↓
http://map.yahoo.co.jp/kochizu/
曾祖母から聞いたエピソードで「お堀のそばでヨモギを摘んでいたら皇居の守衛さん(?)に怒られた」というのがあって、なるほど、地図を見るとお堀は近い。
父と二人、「ここに土地が残ってたら・・・」なんて夢みたいな話をしてたけど、どうやら曾祖母夫婦は所有者ではなかったらしい。
ちなみに大工をしていた曾祖父が関東大震災の時に現場の棟あたりから落下して怪我をし、大工を続けられなくなったために七尾に帰ったと言うことらしい。
こんどこの場所を見に行こうかと思う。
kaya先生に感謝。
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千鳥ヶ淵
- 2007年3月30日 23:38
- diary
仕事さぼって千鳥ヶ淵へ桜を見に。
初めて千鳥ヶ淵へ行ったけれど、壮観ですな。
まあまあ人がいたけれど、なんせ平日だし、そうたいしたことはない。
半蔵門駅で待ち合わせ、千鳥ヶ淵に沿って歩き、国立近代美術工芸館の脇から北の丸公園に入り、武道館の足下を通り、田安門から出る。そしたら靖国の境内に縁日が出ているからたこ焼き買ってビール飲んで・・・・としていたら寒くなってきたのでカフェへ避難。
さて、帰ろうかと九段下駅に向かう夕刻、ものすごい行列にぞっとした。
明日は神田川の桜を見に。
とはいえ通勤時に見てたりするんだけど。
それはそれ。
http://www.flickr.com/photos/rratbt/sets/72157600032641513/
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帰京
- 2007年3月12日 21:05
- diary
戻りました。
今回の帰省の目的は祖母の見舞い。
予想以上に状態は良くない。
写真左は花嫁のれん。
仏間の入口に掛け、嫁が初めて嫁ぎ先の仏間にはいる時にくぐる。能登の嫁入り道具。今回は母嫁入りの時に持ってきた物を使わせて頂く。
次の帰省はそう遠くないようだとの連絡有り。
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fit
- 2006年10月 7日 23:06
- diary
研究室の同期生が独立したのでお祝いに。
彼女とは大学院まで一緒だったので、キャリア年数は同じと言うことになるはずだが、
僕は大学院を出てすぐに独立しているので同じ年数でもまったく異質なものだと再認識。
なにはともあれめでたい。
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