- 2008年3月21日 13:47
- diary
20日、恩師の最終講義。
大学、大学院と3年間お世話になった指導教授である我が恩師は定年を待たずして今年度で退官となった。
日本に来て20年、大学専任の教官として10年。
退官後は自身の設計事務所業務に専念するのだそうだ。
「構造の教育・研究・設計」と題した最終講義は3月20日13時から赤レンガ倉庫の会場にて始まった。
僕は研究室同期で、現在同業者でもある2人と一緒に会場へ。
師の講義は学生時代から何度も聞いている哲学から変わりは無く、紹介される社会的活動、設計した建築が目新しくなったぐらいで、それは懐かしささえ覚える講義だった。
途中、僕が4年生のときにお手伝いしたプロジェクトが紹介され、僕が手伝ったということにも触れられたときには珍しく気恥ずかしさを覚えてしまった。
(この頃は研究室でEnglish dayというのがあって、その名の通り一日中英語で話さなければならない。仕事を手伝っていた僕はこのEnglish Dayにすごく苦労した記憶がある。)
彼は僕が出会った当初から話していることの根幹はほとんど変わらない。ゆるぎない。そしてそこで語られる哲学は久しぶりに聞くとやはり魅力的に聞こえるが、じゃあ同じことが出来るかというと[理解]はできても[実践]は困難である。まあこれにはいろんな理由があるのだけれど。
少なくとも学生の頃は同じようにしたい、同じ存在になりたい、と思っていたがどうやら今の僕はかなり違った感じ方をしているらしい。
どう違うのかはまだ上手く整理できない。
とにかく、独立してもうすぐ7年目に突入というこのタイミングでもう一度原点を、このような形で省みたことは後々意味を持ってくるような気がする。
どうでもいいけどちょっと日本語下手になったように思ったのは僕だけか?
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